ピノッキオ

心のままに歌いたい。
自分が歌いたいと思った歌を歌えるようになりたい。
それが許された時、亜弥さんはアイドル(人形)を卒業する。
心を(意志を)持つ事を許されたアイドルはもう人形とは言えないから。
他人に依存することしか知らなかったピノッキオが人間になれたのは、彼にツェペットを助けたいという自発的な想いが芽生えたから。
このイタリアの童話とアイドルという思想は全く同じだと思う。
アイドル歌手が自分らしさを表現出来るようになれたとしてもそれは特別な事じゃない。
寧ろ、アイドルという状態のほうが異質なのだと思う。
異質(みんなと同じでない)からこそ輝く(目立つ)、だからチヤホヤされる。
ピノッキオがキツネに誑かされた理由は無知だったからではなく、人間と全く同じ動きをする木の人形だったから。
彼が人間の少年だったなら誰も振り向かない。
歌手になれたアイドルも然り。
亜弥さんの人気が落ちる事を悲観的に捉えなくていいと思う。
これからは他人に作られた虚像ではなく、彼女の実像について評価がされるようになる。
場繋ぎの仕事はもう来ないし、彼女にしか出来ない仕事をこなしていくようになるだろう。
でも、本当は期待している。
自分を主張し始めた彼女がアイドルだった頃よりもさらに支持される事を。
でも、残念ながらそれはないだろうな。
松浦亜弥に魅力を感じた殆どのファンは彼女の虚像の部分に惹かれているのだろうから。
これからは亜弥さんを心から愛するものだけが彼女を支えていくだろう。