超越。

今日はわたしが自動車で自爆した時のちょっと不思議な体験談を書きます。


季節は春でした。場所は河岸の堤防。
大きな川が隣接する場所なので、堤防は両端を川に挟まれていました。
砂利道でした。
川の対岸にきれいな舗装路があったので、こちらの道路は通行量が少なく、
それが幸いして桜並木が元気いっぱいだったり、野鳥がたわむれていたりと
行楽にはいい感じの場所でした。
その日は、とてもいい陽気でたくさんの花見客が訪れていましたね。


自慢ですが、当時、ちょっといい自動車に乗っていたんですよ。
詳しい方ならわかると思いますが、MAZDA社のロータリーエンジンが搭載された車種でした。
(そんな燃費の悪い自動車のどこがいいなんて言っている方は誰ですか)


わたしの前方に軽自動車が先行してました。
速度はちょうどわたしと同じくらい。
自動車を運転される方ならわたしと同じ感覚を味わった事があるかと思いますが、
(ないかもしれませんが)
早くも遅くもないって、気持ち悪いんですよ。
どっちかにしてほしい。
自分より先行車の速度が僅かでも上回っていれば、車間が開きます。
逆に先行車の速度が遅ければ、こちらが合わせればいい。
丁度って迷うんですよ。
現状を維持しようか、抜き去ろうか。(わたしだけですかねぇ)


で、わたしは抜き去る事にしました。(よせばよかったんですよ)


一気に加速して前方の軽自動車に迫ります。
砂利道なんで凄い砂煙でしたね。
軽自動車がどんどんわたしの後方に追いやられました。
そこまでは、上出来だったんです。
でも、砂利道だって事をすっかり忘れていました。
浮き上がったんですよ。
バランスが保てませんでした。


自動車を運転するひとって、二種類に分けられると思っています。
自動車を操れるひとと、自動車に乗せてもらっているひとです。
わたしの定義に則れば、自動車を操れるひとは世界中にわずかしかいないはずで、
殆どは自動車に乗せてもらっているひとだと思います。
わたしは自動車を操る側の人間になりたかったですね。


ここからが不思議な話です。(やっと本題かよ!)


よく乗り物で事故を起こす瞬間ってスローモーションで見えるっていうじゃない
ですか。
わたしもご多分に漏れずその状態になりました。
まず、バランスを崩したわたしの自動車は助手席側に堤防からはみ出そうとして
いました。
わたしは、堤防の下が見えたのであわてて逆にハンドルを回します。
”あぁ…このまま堤防から落ちたら確実に死ぬな。”なんて考えていました。
ハンドルが回された事により、自動車は急激に逆を向こうとし、体勢はさらに
崩れました。
横転。3回転ほどしたでしょうか。
そこでわたしは一端意識が途絶えました。(途絶えたと思っていました)


屈強な男性です。
ボディビルでもしている方でしょうか、6人ほど堤防を駆け上って来ます。
間をおかず、わたしの自動車にたどり着きました。
懸命に駆けてくれたのでしょう。
わたしの自動車に着いた時には皆さん息を切らしていました。


   ”だ、だいじょうぶですか!”


そのうちのひとりが仰向けになったわたしの自動車に屈み込み声をかけてくれ
ました。


   ”は、はい、だいじょうぶです!”


声をかけられた事で意識が回復したわたしは叫びましたが、その直後、自分の
目の前に血がしたたり落ちるのが見えました。
(だいじょうぶじゃねぇじゃん…)


   ”今から持ち上げますから、出てきて下さい!”


凄い!
持ち上がるんですよ。1トン半もある自動車が。
わたしは、あわてて這い出しました。


事故で頭を打ったせいでしょうか、時間の観念が全くありませんでしたね。
ふと、気づくと目の前に20歳くらいの女性が立っていました。


   ”わたし、看護婦なんです。”
   ”そこに横になってもらえますか。”


綺麗なおねいさんでした。
血だらけじゃなくても、そう言われれば従っていたでしょうね。(妄想)


   ”誰か、だれか毛布もっていませんか?”


春爛漫、ぽかぽか陽気。
そんなやついるわけねーじゃん。


   ”わたしの使ってもらえますか。”


いるんだ…。
小さいおばあちゃんでした。
何処となく品の漂う方でした。


   ”困ったなぁ、救急車呼ばなくちゃ…”


看護婦さんに膝枕されながら、ボーっと彼女の声を聞いていました。
膝枕、元気な時にやってもらいたかったな、へへへ。(さらに妄想)


当時、携帯電話はまだそんなに普及されていませんでした。


   ゴゴゴゴゴゴォ…


後方から砂煙を巻き上げて近づいてくる自動車がありました。
黒塗りのベンツでした。ベンツはわたしの横まで来ると停車しました。
窓が音もなく下降します。


   ”オゥ、どうしたんじゃ!”


見ればわかるだろォ、タコがァ、おまえの目は節穴か!
なんて事は絶対言えません。
案の定という相貌の方が運転席から声をかけてくれています。


   ”あ、あの、救急車を呼ばないと…”


看護婦のおねいさんも心なしか声が上ずっていました。


   ”おぉ、まっとれよゥ。今連絡しちゃるけんなァ。”


カッキー!
真っ黒な自動車電話です。
初めて見ました。


   ”オゥ、事故じゃ、すぐ来ちゃってくれ。”


わずかな受け答えの後、電話が置かれました。


   ”すぐ来るけんのォ、待っちょってなァ。”


また、窓が音もなく上昇します。
ベンツが通り過ぎていきます。
やさしい任侠の方でした。


………  まとめ  ………


このあとも結構逸話が続くのですが、ムチャクチャ書き込みが長くなってしまった
ので、機会があったら続編として書きます。
いろんな方々のご助力により、このあとわたしは救急車で運ばれ事なきを得たので
すが、何が不思議だったか理解して頂けましたでしょうか。


それぞれの役割をもったひとが偶然居合わせた事が不思議でした。
でも、それより不思議だったのは、わたしは自動車が体勢を崩し始めてから
自動車のなかで意識を回復するまでの間、上空からずっとなりゆきを眺めて
いたのです。