深遠


能子姫の物語がいよいよ佳境です。


妄想の神様は健在だそうで、どうやらラストまで走れそうです。
ありがたや〜。


いつもの通り、興味のない方は軽くスルーしてやって下さい。


…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・


時刻は午前2時を少し回ていた。
ラジオからは賑やかしい関西弁が聴こえてくる。
普段なら集中してやれる勉強がいっかな手につかなかった。


   「ふぅ…。」


亜弥は短い溜息をつくと頬杖をついた。


ぼんやりするとすぐあの事を思い出してしまう。
自分の身代わりとなって闇に食われていった恋人、彼は増殖し異形となって自分の前に現れた。


自分の窮地を救ってくれた女性がいた。
ソニンがいなければ自分も彼のように闇に食われていただろう。


あの日以来、自分は日常を無くしてしまった。


自分もソニンのような能力が欲しかった。
自分は異形を察知し身を隠す事しかできない、その思いが心を卑屈にさせていた。


ザザ…ァ
ラジオの音声に雑音が入り始めた。
パーソナリティーのお喋りが遠のき雑音だけになった。
この辺りは電波の通りがよく雑音が入り込んだことなどない。
怪訝に思いながらチューニングし直そうと亜弥がツマミに手を伸ばそうとした。


その時。


   「…弥…亜弥…。」


   「え…」


亜弥は咄嗟に手を止めた。
自分の名前が呼ばれたような気がしたのだ。
ありえないと思いつつもラジオの音声に意識を集中してみる。


   「亜弥…そこ…離れ…来る…逃げろ…。」


聞き間違いではない。
メッセージは明らかに自分に向かって発信されていた。


亜弥は愕然とした。
声に聞き覚えがあったからだ。
隆志の声だった。


   「隆志、何? どこにいるの? 何が言いたいの?」


亜弥はラジオに飛びついた。
ラジオに呼びかけてみても返答はない、亜弥は唇を噛んだ。
隆志は闇に食われたのではなかったのだろうか…。
亜弥は煩悶する。
だが、その煩悶も長くは続かなかった。


   「何なの…」


畳の表面がどんどん白くなっていく、霜が張り始めているのだ。
室温が一気に低下していく。


   「きゃああああ」


畳から腕が生えていた。
その腕が亜弥の足首を捕らえて下に取り込もうとしている。
亜弥の身体が少しずつ畳に沈み始める。
隆志はこの事を言っていたのだ、自分に逃げるように示唆してくれていたのに違いない。


亜弥は心をこらす、それで逃げられるはずだった。
効かない、能力が発動しない。


ズブリ…。


そうしている間にも自分の身体はどんどん沈んでいく。
亜弥は焦った、手も足も出なかった。


腰が沈み、
それが肩に達し、
亜弥は異界に飲み込まれていった。


…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・


やっと、歯車が回り始めました。
登場人物を増やしておいてそれっきりはややなあって思っていたので一安心です。


亜弥さんの覚醒はいつになるやら…。


他の面々も動き出します。
次は誰の活躍と相成りますか、乞うご期待です。