アヴニールから理解ること


圭織さんの「アヴニール〜未来〜」(ASIN:B0006HBL1E)を聴いた感想を書いてみる。
今更書いている理由は、ただ単に昨日購入したからに他ならない。


もしかしたら、圭織ヲタさんは自分の書き込みを不快に思うかもしれない。
それでも感じたままに書いてみたいと思う。


このアルバムは自分の感性に似合っていると思った。
物静かな楽曲で統一され、とみたゆう子さんのアルバムを思い出させた。
彼女のアルバムはこういった感じの楽曲が多かった。


このアルバムに含まれる楽曲は様々なひとの手で作られている。
どれも綺麗な旋律の楽曲ばかりで宝石箱に散りばめられた貝殻を思わせた。


されど、こういった楽曲たちは圭織さんを知っている人たちにどう受け取られるだろう。
ハロプロの楽曲が浸透した人たちが聴きなれているフレーズとは全く違う。
不満に思っているのではないのだろうか。


でも、こう思った。
偶然通りかかったCDショップでアヴニールに目を止めたひとがいる。
そのひとは彼女がモーニング娘。飯田圭織だとは知らなかった。
感じのいいジャケットに衝動買いをして早速聴いてみる。
そういったひとにとって歌い手が誰って関係ないから真っ白な心で聴いてくれるじゃない。
多分、絶賛してもらえるのではないのかなあ。


本物になってしまうとね、歌声は肉声の枠を超えてしまうんだ。
聴き入っちゃうんだよね、詞を追っているわけじゃなくて圭織という楽器の奏でる音色に。


圭織さんが卒業する意味は理解できる、このアルバムを聴いてみてわかったよ。
彼女にとってモーニング娘。は、後ろ盾ではなく、足枷になってしまっていたんだね。


人気とかそんなのは問題じゃなくって、圭織さんに似合っているかって事が大切なんだ。


これから娘。を継続していくメンバーの中に圭織さんのような卒業をさせてもらえるひとはどれだけいるだろうか。
自分らしさを実現できる、本物になれるひとは。