神懸かりを思ふ


神懸かりというものを経験したことがあるだろうか。
アマテラス云々が我が身に降臨して…なんて大層な話ではない。
単純に誰でも経験したことがあるであろう話題にふれていく。


学生時代、誰でも中間やら期末の試験をやらされたと思う。
先生が自分の教えた内容がどれだけ生徒に伝わったかを測る尺度として用いられ
最終的に内申などどいうフトドキな書類が出来上がる。


授業の内容を毎日復習し翌日講義を受けるであろう内容を予め眺めておく。
わたしはそんな優等生ではなかった。
「あとで困るぞ」などど言われても、アホらしくてやってられなかったし、
その結果試験の点数が悪くても至極当然と受け取っていた。
いい点数が取れないから試験が憂鬱になる。
勉強をしてもいないのにいい点が取れる訳がないと思えば憂鬱でも何でもない。


それが…
勉強もしていないのに満点とは言わないもののそれに近い点が取れる事がある。
わたしは2回ほど経験しているが、神様だか何だか知らないが降りてきているとしか
思えない状況になるのだ。


教科書を眺めたのは通学時のバスの中(30分程度)、あとは放課(試験前の休憩時間)のみ。
試験が始まり、問題を読むと考える間もなく脳裏に答えが閃くのである。
あれよという間に解答欄が埋められていく。
埋められない解答欄もある。自分が事前に目を通していなかった内容だ。


わたしの場合は、何やら訳のわからないものが後ろに憑依してのたまう訳ではなく
自分の目を通したものが脳裏に焼き付いているような状態らしい。
この技は一回こっきりである。
もう一度同じ問題をやり直した場合、目も当てられない結果となる。
単に教科書の内容を答案用紙にコピペしているようなものだ。


そういえば、この技を使えるひとを2人ほど知っている。
(このひとたちは一回こっきりじゃないんだろな)


山下清(裸の大将で有名)
   放浪の画家、貼り絵、油絵など数々の名画を残している。
   彼は自分の見た風景を忘れないそうである。
   沢山の人物の表情を克明に覚えていて貼り絵上に表現してみせた。


南方熊楠(みなかたくまくす)
   生物、民族、鉱物、文学、宗教学に秀でた学者だが、
   観察力に優れ、珍しい植物などを目に焼き付け家に帰ってから手製の
   図鑑を作ったりした。
   (このひとは小さい頃神隠しにあったらしい)


あと、弘法大師空海)も一度読んだ経典の内容は忘れなかったというから
同様だったのではないだろうか。
(彼の場合、虚空蔵求聞持法を会得したおかげで出来るようになったそうな)


科学的にいえばそういう事はありうると昔TVで見た記憶がある。
学生の頃は、神懸かりでも人間の神秘でも何でもいいから試験のたびに神懸からないかなぁ…
と願ったものだ。
ちなみにもう二度とこの技を出す機会は訪れないと思っている。